ブックタイトル抜粋版 vol.10 有限会社 阿津坂商事

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概要

抜粋版 vol.10 有限会社 阿津坂商事

有限会社 阿津坂商事やがて高度経済成長期が訪れると、人口増加と都市化で世帯数が増え、それに伴ってテーブルやタンス、鏡台などの婚礼家具が爆発的に売れ始めた。大川のまちは好景気に沸き、日本中に家具を出荷する一大産地へと成長していった。 父の店も取り扱い額が大きくなり、従業員も増えたため、昭和44年に会社組織に変更して有限会社阿津坂商事を設立した。阿津坂社長が家業に就いたのはこの頃だ。当時は今以上に人手不足だったこともあり、福岡の大学を卒業した後、迷うことなく後継者の道を選んだ。その後、家具作りの現場は機械化が進んで大工道具の需要が減ったこともあり、社業の中心は昭和26年ごろから扱い始めていた塗料へと移っていった。自然素材からできた塗料と出会う 日本経済とともに発展した大川の家具業界は、平成3年に製造業社が600 社に達してピークを迎えた(大川市役所インテリア課データ調べ)。しかし、その少し前から生活スタイルに変化が訪れ、新築家屋からはタンスや下駄箱が消え始めていた。やがてバブル景気が崩壊すると、品質ゆえに値段も張る大川の家具は急激に衰退。さらに海外の安価な家具に押され、長い低迷期に陥ってしまう。 阿津坂商事もその当時は厳しい経営を迫られた。自社の売り上げはさほど落ちなかったが、取引先の家具メーカーに倒産が相次いだため、1社あたり何百万円もの手形が回収不能になり、資金繰りに悩む毎日だった。そんな時に頼りになったのは、すぐ近くに本店を構える「おおかわ信用金庫」の存在だ。困った時に相談に行くと、いつも親身になっ3