ブックタイトル抜粋版 vol.04 浦野醤油醸造元
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抜粋版 vol.04 浦野醤油醸造元
浦野醤油醸造元ですよ」と浦野社長。ひとくちに醤油といってもその味は塩分濃度や製造法により千差万別で、福岡をはじめ九州では特に甘みが強く塩分が低いものが好まれるため、全国シェアを誇る大手の醤油であっても九州ではさっぱり売れないのだという。しかしながら、いつまでも古い醤油蔵ばかりでは生産効率は上がらず、倒産が増えるばかり。このため高度成長期に国の主導で醤油製造業の改革が進められ、福岡県でも昭和41年に醤油醸造協同組合が設立された。同組合は筑紫野市に大規模な工場を建設して生産設備を集約。醤油の原液となる「生揚げ(きあげ)」の生産を協同で行うことにより大幅な合理化に成功し、多くの中小メーカーの存続に大きく寄与している。浦野醤油醸造元でも先代の頃から生揚げの生産を組合に任せ、自社では火入れ作業や味の調整をするやり方に切り替えた。それでは醸造元の個性が出ないのではと思いがちだが、「醤油はわずかな塩分でも味が大きく変化する微妙なもの。丁寧に仕上げることで醤油屋の個性ははっきり出せるんです」と社長はいう。老舗に嫁いだ若女将がチャレンジ開始そんな浦野社長も一度は醤油以外の道に進んだことがあった。「男の子は私ひとりでしたがあまり社交的でないですしね。商売には向いてないからと親父も無理には継がせようとしませんでした」自動車産業に憧れてエンジニアの道を目指し、大学を卒業すると就職して故郷を離れた。しかし次第に老舗を継ぐ使命感のような気持ちが芽生えはじめ、社会人5年目に豊3